会長の「ひとりごと」

 

会長の「ひとりごと」

会長の「ひとりごと」
 
時折、感ずるがままに綴っています。
わたしの「ひとりごと」に時々お付き合いください。そして…わたしの安否確認もお願いします。
 

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二本松剣友会
2020-06-02
 かつて、二本松市本町に「すゞき」と言う呉服屋があった。その呉服屋で、仕入れまで任された店員として亡き母が勤めていた事があった。今は「すゞき」の建物は解体され、その跡地あたりには大東銀行の建物がある。一軒おいて五社神社や称念寺につながる小道がある。今でも五社神社に関して詳しくは知らないが、①伊勢皇大神宮②豊受大神宮③熊野三社④天満宮⑤稲荷大社の五柱をお祀りしている神社との事らしい。
その五社神社の近くに二本松剣友会の道場がある。小生も、この剣道場で腕を磨くために防具をかついで小道を歩いた時代があった。中学、高校時代は剣道クラブに所属し、時には練習をした放課後に、二本松警察署(当時は亀谷にあった)に赴き、お巡りさんに稽古をつけてもらい、更に夕食後に剣友会(剣道場)に通うほど、剣道にのめりこんでいた。
半世紀ぶりに道場に行ってみた。昔のたたずまいのままであった。その当時に稽古をつけていただいた師範は、喜古佐太郎先生、古川盛雄先生、横山初美先生方だった。喜古先生は安達町、古川先生は本町、横山先生は道場の隣あたりにお住まいで道場の管理者ではなかったか。と、昔の記憶を辿ってみたが小生も当時は中学生で曖昧な事だらけ。もう一度、道場に上がって竹刀を振りたいが、膝が曲がらないので正座も無理だ。この一途な思いだけで良い。たまには星空の下、誰もいない会社の駐車場で木刀を持ち出し素振りしている。若いころ筋肉の上腕は、優しい腕に変化しているが、逞しかった昔を懐かしく思い出す。
 
会津薬師寺
2020-06-01
新しい月へのカレンダーをめくる。
「ついたち」の月曜日は何とはなしに区切りが良く、良いスタートが出来そうに感じられる。
調べたら今年は今月1度だけで、来年2021年には、2月、3月、11月と3度ある。
朝礼で今月のスケジュールを確認しあう。大分「会合」が減り、調査が多くなってきた。知り合いの「地主さん」や「家主さん」への訪問も大事な仕事だ。農家は田植えが終わり身体を休めている時期である。われわれも「健康診断」をして、自分の身体のことを知りコロナ対策の第二波など重症化阻止をすすめておかなければならない。備えあれば憂いなしだ。
 昨日は、美里町の会津薬師寺を訪ねた。名前は知っていたが、初めて行く場所だ。お堂の右側に「天台宗比叡山延暦寺直末」と読める看板があり、コロナ対策のために「鰐口」での参拝もできないようにしてあった。触れることが良くないとの意味合いだろう。薬師如来は本来病気退散の願いであり病気回復の祈願と言う、衆生(庶民)の生と死に関わる苦への願い事をお聞きする如来様だ。心をこめて「コロナ撲滅」を願う。
HPで寺の縁起を開くと起源は779年と古い。その後、1189年に平泉高館より薬師像が入り、翌年に薬師堂を建立し会津薬師寺と号して庶民の信仰をあつめたとある。住職の筒井叡観(つついえいかん)氏は比叡山にて「百日回峰行」を達成された偉大なる僧だ。何度もお参りしたくなるお寺様だ。帰りは美里町の「あやめ通り」から夕陽の磐梯山を仰いだ。
 
白秋期
2020-05-30

GWから始まった5月も月末。昨日,今日と暑い日が続く。

忙しい事を口実に、なかなか会えなかった友人に「宅建協会郡山支部長を辞めた」ことなどを報告しようと、お伺いしてきた。当然に昔の話に花が咲く。馬力のあった20代後半から30歳頃からのお付き合いだ。「旅」「会合」「酒」「家族」の共通の話題で盛り上がる。変わらぬ友情をお互いに感じる。

それぞれに人生の終焉に近いところを歩んでいるのだが、かの五木寛之氏は「白秋期」で“黄金期は人生後半にはじまる”と断言している。曰く「70と言えば、老人と言うのが常識です。しかし、昨今のこの時代の人々の行動様式を観察していると、この年代こそ最盛期(アクメ)化しているとさえ思うようになりました」「人生五十年時代の価値観、思想、文化、教養すべてに大転換が迫られている」「白秋期とは、地図のない明日への旅立ちの季節」云々。

9月から別会社で新たな遊びをしたいと、今からワクワクしている。眠れなくなるほど興奮を抑えられない夜もある。新たな価値観の創造が白秋期なら死ぬまで楽しく暮らしたい。そんな会社がひとつくらいあっても良いのではないか。利益は後回しの会社は直ぐに潰れるかも知れない。また、それも楽しい。誰にも迷惑かけなければ。

 
本田任君と力道山
2020-05-28

今日は、亡き母の誕生日だ(大正14528日生)。母が若く、二本松に住んでいた時に初めて冷蔵庫を購入した。私が中学生時代の事。

ナショナル電器販売店から冷蔵庫を購入した際、プロレス観戦の招待があった。二本松からバスで福島体育館に行った時に同級生の任(じん)君がいた。任君とは剣道部でも一緒で、自宅は二本松でも立派な産婦人科医院の次男坊。会津から田舎丸出しの転校生である小生と、雲泥の違いだったが仲良くして頂き、時折邸宅に遊びに呼ばれて行っていた。

福島体育館は当時、曾根田駅の近くにあったような記憶がある。そこでのメインイベント(大トリ勝負)は力道山とザ・デストロイヤー、最後は空手チョップで力道山の勝利。会場を後にする時に、デストロイヤーは力道山の乗るタクシーまで追いかけてきて足蹴りの場外乱闘まで演じてくれた。任君と興奮しながらバスに揺られ帰宅したことを覚えている。

あれから任君とは、半世紀以上のお付き合いになる。産婦人科はだんだん少なくなり、大震災後は、忙しく大変だったと任君は言っていた。日時が合えば、春には二本松のお城山で花見。その後、「柏屋」の寺島君宅で二次会の流れ。福島から佐藤正則君も一緒だ。時折、福島の夜に4人で宴会とカラオケ。カラオケの始まりは舟木一夫の「仲間たち」「学園広場」「高校三年生」、御三家の歌なら何でも歌える年代だ。時には任君の「スーダラ節」(植木等)で大いに盛り上がる。これからもお互いに元気で頑張ろう!!

 
放下(ほうげ)
2020-05-27

昨日、福島市において(公社)福島県宅地建物取引業協会の定期総会が開催された。コロナ対策上、集まらなくとも良いので委任状で採決という異常な形の総会である。こんな時世だから致し方無い。役員など50名の参加。小生は、3期副会長、2期常務理事などで表彰され、役員の第一線から退いた。もともと、前任者の体調不良から副会長をやることになったので、副会長代理を含めて約4期いや3.5期かな。

思い出は、東日本大震災(東京電力の放射能被害も含めて)による民間借上げ住宅制度の提案など被災者支援。ハトマーク会館の竣工。県協会50周年記念事業。町内会・関連業界との定期的意見交換会の実施。その他には全宅管理の3年連続タウンミーティングの実施、賃貸不動産経営管理士の5問免除講習会の実現など8年間の事がいろいろ甦る。

体力のある内に後進に道を譲るのが小生の生き方。今回は、「息切れしているのでは」と心配されて、「いや」と拒否したが、周りが顧問となって指導して欲しいとの意見だった。小生の「生き方」に背くわけにいかない。全ての職責を辞めるように段取りしている。今こそ「身心脱落」に努め、身と心を穏やかにする時。また、禅語には「放下」との言葉がある「得る事より捨てることによって幸せになる」と言う言葉だ。物が少ないほど、心が軽くなり、不思議にやる気や行動力が湧いてくるような気がする。

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