本文へ移動

会長の「ひとりごと」

会長の「ひとりごと」

時折、喜・怒・哀・楽にメリハリつけて感ずるがままに綴っています。

わたしの「ひとりごと」に時々お付き合いください。そして…わたしの安否確認もお願いします。

ブログ

RSS(別ウィンドウで開きます) 

コロナ対策 福島県応援ツアー

2020-06-15

早朝の木漏れ日を浴びてちょっとぬるい露天風呂に浸る。両肩の付け根あたりのリンパの流れあたりを撫でるように揉む。自己流の肩こり解消法。爽やかな新しい空気がカラ松林の方から運ばれてくる。

8年間にわたる宅建協会の会合では、県内の旅館や温泉ホテルを何度も宿泊したが、宴会の時間ギリギリまで会合の為に次の宴会まで時間の余裕がとれない。更にはその後の二次会など、ゆっくり体をやすめて入浴したことがなかった。今回は時間がたっぷりある。気をつかう宴会もない。コロナ対策宿泊割引プランを利用して、岳温泉あづま館に友人数名と宿泊してきた。

集合は141220分二本松竹田「千の花」。食事後に、歴史研究家の岡田峰幸氏を講師にお願いして、「二本松少年隊」について学んだ。見学先は二本松市内の大壇口古戦場・二勇士慰霊碑、大隣寺の少年隊慰霊碑、霞が城・戒石銘であった。昔から行っている場所であるが、解説がつくと新鮮な気持ちで見学ができた。その後まっすぐにあづま館に入った。やさしい女将の出迎えで和む。あづま館は、40歳・60歳・70歳の同級会などで何度も宿泊したことがある。岳温泉でも老舗の旅館だ。

仲良く点滴

2020-06-13

昨日の朝、小生が「目まい」、カミさんは、梅雨時の食中毒の可能性ありの「腹痛」で、かかりつけ医院を一緒に訪問。ベッド一つ空けて二人仲良く揃って点滴。小生、目まいは火曜日から。十数年来、高め安定していた血圧(140-100)が正常値になっている(100-60)。喜ばしい事だが、小生にとっては低くなっている。遊び疲れであれば良いのだが。

月末に予定していた「腹部エコー」も、ついでにすることになった。「立派な肝脂肪ですね」との診断。この肝脂肪を少なくするためには、軽い運動以外にないらしい。「暫くは飲酒を控えたら」と先生が小生の顔をのぞき込む。毎晩晩酌している訳でもなく、深酒できる場所も相手も居ないのに、世間の方は小生の体型と雰囲気で「吞兵衛」と判断するらしい。

宴会は大好きだが、このご時世である。どちらも控えめに、控えめに。でも基本、誘われたらお断りしません。「どうか誘って・・・」

渓流に遊ぶ

2020-06-08

いつも行っている新潟・山形は隣県のために「県をまたいで不要不急の外出を慎むように」と、コロナ対策での国の指針があって、県内で魚釣りを楽しむことになった。

釣りは、もともと狩猟で生きるための手段であったが、現在はスポーツとして定着している面がある。渓流での釣りは川を歩き、流れ(抵抗力)に負けない踏ん張る力が必要であり、障害物である岩を超え、土手への上り下がりなど脚力を使う。そして竿を振り回す腕力も要する。でも、渓流釣りの一番良いところは新鮮な空気を肺一杯吸い込む事と、川のマイナスイオンに身を置く事だ。それに山奥で汗をタオルで拭きながら「おにぎり」を頬張ると、すこし塩味がくっついて「うまい」。釣りをしていると全て忘れられる。日常からの脱出だ。

「なべちゃん」こと生活工房の渡辺浩社長には長年にわたり、渓流釣りの指導をしてもらっている。浩さんが二十歳のころからの付き合いで、もう40年間お世話になっている。なべちゃんが、午前中仕事があるので奥会津に出かけたのはお昼過ぎ。現地に着いて「日釣り券」を購入したのが午後3時頃だ。店のおばちゃんに「朝から来れば良いのに。先月22日に放流したので(時間が経ったので)釣れるかどうか?」午後5時頃から「アタリ」が出てきた。二人で形の良いイワナとヤマメが5匹ほど釣れた。もう6時だが明るい。せっかくだから奥山の車止めの集落を見学してきた。小学校分校の建物があった。もう古く使われていないようだ。夕方だと余計に寂しく見える。かつては子供の声が夕焼け空に響いていたのではないかと想像しながら限界集落を後にした。

古川盛雄先生に教えてもらったこと

2020-06-04
 当時の剣友会での練習の折、「ここだよ」と古川先生は自分の面の位置を指し示す。「メーン!」馬力をつけ勢い良く面を打っても、古川先生にあたらない。それどころか先生はそこに居ない。次の瞬間、面の後方部(防具のうしろ)辺りに先生の竹刀が来る。これが痛い。
 古川先生は資料によると1897年生まれ(1983年没)。小生は1949年。と言うことは52歳の差。小生が18歳の時は70歳だ。その御歳でも牛若丸か鞍馬天狗のような身のさばきだった。防具の面の金具から見える相手の「眼」を見てると、相手の次の行動が手に取るように分かると言う。まさに超人のような「眼力」であり「柔能く剛を制す」のたとえ通りだった。
 古川先生から聞いた話だが、「高村智恵子さんに絵を教えてもらった」と、お話されていた。
あの「智恵子抄」で「安達太良山の空が本当の空」の智恵子さんだ。絵はその当時から評判だった。小生が高校の剣道部で部長だった頃。卒業式を間近にして先輩たちに、卒業記念の贈り物をすることになった。同級生の菅野彰君と相談し、恐れ多くも「古川先生の絵を贈る」ことになった。お金もなく、タダで書いてもらう魂胆だ。先輩の人数、「色紙」5枚をもって道場に行き、古川先生に依頼した。直ぐ快諾してもらった。後日、受け取りに行った際に「5枚の色紙を頼む際には、5枚以上をもっていくのが常識だよ」と優しく教えていただいた。頼むときは常にゆとりをもった依頼が必要だ。
 「色紙」は小生が就職してから個展にて購入したもの。「花の城山より安達太良山を望む」は二本松市の霞ヶ城公園から仰ぐ安達太良山、「対談・・猛牛に雛を配した」、1979年(昭和54年)古川先生82歳の頃の作品。小生の宝物。

二本松剣友会

2020-06-02
 かつて、二本松市本町に「すゞき」と言う呉服屋があった。その呉服屋で、仕入れまで任された店員として亡き母が勤めていた事があった。今は「すゞき」の建物は解体され、その跡地あたりには大東銀行の建物がある。一軒おいて五社神社や称念寺につながる小道がある。今でも五社神社に関して詳しくは知らないが、①伊勢皇大神宮②豊受大神宮③熊野三社④天満宮⑤稲荷大社の五柱をお祀りしている神社との事らしい。
その五社神社の近くに二本松剣友会の道場がある。小生も、この剣道場で腕を磨くために防具をかついで小道を歩いた時代があった。中学、高校時代は剣道クラブに所属し、時には練習をした放課後に、二本松警察署(当時は亀谷にあった)に赴き、お巡りさんに稽古をつけてもらい、更に夕食後に剣友会(剣道場)に通うほど、剣道にのめりこんでいた。
半世紀ぶりに道場に行ってみた。昔のたたずまいのままであった。その当時に稽古をつけていただいた師範は、喜古佐太郎先生、古川盛雄先生、横山初美先生方だった。喜古先生は安達町、古川先生は本町、横山先生は道場の隣あたりにお住まいで道場の管理者ではなかったか。と、昔の記憶を辿ってみたが小生も当時は中学生で曖昧な事だらけ。もう一度、道場に上がって竹刀を振りたいが、膝が曲がらないので正座も無理だ。この一途な思いだけで良い。たまには星空の下、誰もいない会社の駐車場で木刀を持ち出し素振りしている。若いころ筋肉の上腕は、優しい腕に変化しているが、逞しかった昔を懐かしく思い出す。
西武エステートシステム株式会社
〒963-8025
福島県郡山市桑野2丁目3番14号
TEL.024-921-3333
FAX.024-939-7190

1.賃貸物件の仲介
2.売買物件の仲介
3.月極め駐車場の仲介
4.不動産物件の管理

福島県知事(10)20087号