会長の「ひとりごと」
時折、喜・怒・哀・楽にメリハリつけて感ずるがままに綴っています。
わたしの「ひとりごと」に時々お付き合いください。そして…わたしの安否確認もお願いします。
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とうとう師走
2025-12-04
今朝はこの冬初めての雪。道路には積もっていないが車には5センチ程度積もっていた。ドアは凍ってなかなか開けづらい。冬場は寒さの中、出がけに車に積もった雪をはらう仕事が増える。
「春は花 夏ホトトギス 秋は月 冬雪さえて涼しかりけり」(道元禅師)
この秋いろいろあったが忘れた。この一年いろいろあったが中々想いおこされない。良いことも悪いことも。
政権が変わり、歯切れの良いのが「吉」とする風潮が主流を占める。全てにあいまいな日本人からの脱却か。だとすると「竹島問題」・「核の傘」・「領海侵犯」・「おもいやり予算」などの政策においては、まだまだ大きく舵をきる可能性もある。そのうち、国防の意識から韓国のように「徴兵制」の導入へ移行する危険性も。
フランスは、ロシアとの対立への懸念から、限定的な兵役が復活すると報道があった。内容は「有給で10カ月間の軍事訓練に志願する」とのこと。
いまこそ歴史から過去を学ばねばならない。勇ましい言葉は麻薬のごとし。人はそちらに魅力を感じるが何か虚しさも残る筈だ。暖かさに包まれるごときに、優しい人に会うと心が豊かになる。
多忙な年末だが「忙しい」とか「疲れた」とかマイナスの言葉を禁じて、毎日ニコニコと楽しい時間を過ごして、来年を迎えたい。
長崎に行って「反戦の誓い」をしてきました
2025-11-01
木枯らしと思えるような強く寒い風で11月をむかえた。今日は緑水苑で会員交流のBBQ、主催は郡山市建築行政協力会とNPO法人こおりやま空家バンク。鼻水が出ないように厚着で行きたい。
10月19日から2泊3日で、富田町西光寺檀家の「長崎旅行」があった。戦後80周年長崎原爆慰霊の旅だ。旅行はどこに行っても健脚が大事。今回も坂の街を弱音を吐かずに登り下りで大いに楽しんだ。その他に佐賀県の平戸城や唐津城も登城した。
原爆の悲惨さは、広島でも長崎でも全身で受け止めた。恒久平和・不戦・反戦への誓い。平和公園では折からの修学旅行の真っ最中。若い方に戦争の悲惨はどのように伝わるのだろうか。
靖国神社参拝問題で高市新総理は「先の大戦で犠牲になられた方々の魂を弔うのが当たり前だ」との言葉はさも当然に聞こえるが、戦後の国際審判で「戦犯」とされた方を合祀している靖国は、まさに戦争を起こした人々が祀られる神社となってしまっている。
戊辰の役でも薩摩・長州連合の戦死者が祀られ、あの軍師「大村益次郎」が腰の刀に手をかけて、今にも会津や奥州に戦いを起こそうという銅像が立派に建立されている。会津のある男が「ダンプカーであの銅像を倒したい」と言ったことが思い出される。
私の兄弟も戦争の被害者だ。祖母も叔父二人も犠牲になっている。父は敗戦後にシベリアに抑留された。
私は、あの時代を恨んでいる。戦争を起こした時の政権(軍人)は殺人者だ。結果、最後の被爆地は長崎となって多くの市民が犠牲となった。殺人者と犠牲になった人々が同じ神社で祀られている。戦争犯罪者が祀られているから天皇も行けない場所になっている。
諸国から見たら訳の分からない国と言うことになる。
けじめはつけないといけない。「ならぬものはなりません」
弱弱しい野党
2025-10-17
少数与党のT総裁だけが、勢いが良く、作り笑いが・・・毎夜ニュースに流れる・・・
公明が抜けたチャンスをうかがい、維新は「維新」の言葉を捨てて大きな勢力に飲み込まれた感じだね。(注:「維新」とは、すべてのことが改められて、すっかり新しくなることらしい 明治維新など) これで数合わせ結果、自民党はホットしている。関西は阪神の優勝も万博の黒字による大成功も維新の政権参入もあり何拍子も万々歳。ありがとう維新!これで自民党も安心だぜ。
しかし、他の党首のどいつもこいつも覇気がないように映るのはなんだろうか。変な理屈と弱弱しい自己主張をこねまわし、国民の願いや選挙の結果(自民党が金権など不信だから他の野党にとの国民の思い)がどうも分かっていないようだ。天下取りはそんな弱いものに任せられない。野党は、おおきなうねりを起こせなかった。その党首全てが責任もんだ。野党のTやNなど、テレビにうつる自己の顔を言葉をじっくりと分析したら良い。
結局、ASOUという院政に牛耳られ日本丸は、作り笑顔が素敵な自民と言葉だけ勢いのある維新という数合わせの政策、即ち羅針盤のない暗い航路に出航しようとしている。企業団体献金が無くならないと金権政治は続く。もう誰も止められないのか。
熊に注意
2025-10-14
先週の土曜日(11日)に中ノ沢を経由して裏磐梯方面に行ってみた。
山々は紅葉にはまだ早いが少し色づいて見えた。
レークラインの中津川渓谷レストハウスから中津川渓谷までの遊歩道がある。午前中の雨で濡れた遊歩道を初めて歩いた。
いたる所に「熊注意」の看板があった。
私の前には幼児を抱いた若い夫婦がすたすたと歩く。子供を抱えて熊に遭ったら・・・など心配もないような軽い足取りでスタスタと前を歩く。こちらは何度も転んだ経験があるので、段差のある階段は慎重にならざるをえない。前の家族と、歩数の差が広がった。
渓流の流れる音が聞こえ始めた。もう少しで到着だ。だが、階段の段差の高さが大きくなり私の(か弱い)足では、手すりがないと下りも上がりも困難となった。雨上がりで濡れた道で滑り転倒したら周りの人たちの迷惑となるので、目前で踏破を諦めた。
帰りは山登りと同じで息を弾ませて一段一段足を運び、熊にも遭わずに無事にレストハウスまで戻った。
「熊注意」とか「落石注意」など注意看板にはどのように対応したら良いのだろうか。
左右前後を良く見ながら進むだけなのだが、必死に歩いていると、そのような余裕はない。遭遇しないことを願いながら歩くので、神様に祈るだけだ。
しかし、「熊に会わないようにお祈りします」などの看板があったら誰も行かなくなるか!
二本松の提灯祭り
2025-10-02
私が二本松に住んでいた頃、10月3・4・5日は二本松の提灯祭りだった。金木犀の花の匂いがあちこちで漂っていた。
会社を出て戸を開けると、この「匂い」がどこからか漂う。その瞬間に遠いあの日に戻る。
思い出す情景は、母に買ってもらった新品のセーターは母が買うには珍しく派手な柄で、それを恥ずかしそうに着る私と、近くの友達と夜のお祭りに出かけるシーンだ。私は会津からの転校生でまだ中学生だった。
露天は、町はずれまで賑やかに並び、個々に見て歩いた。瀬戸物売りでは、「フーテンの寅」の映画が上映される前だったが、「寅さん」のような口上が面白く、楽しく、ずーと聞きほれていた。
同級生達が山車の中で、誇らしげに叩く太鼓は勇壮で、またどこか淋し気な調子もあり、そのバチさばきは見事だった。町内ごとに太鼓の拍子に決まりがあり、どこの町内の山車か分かる人も多くいた。
ことしは4・5・6日に開催される。今年も懐かしく出かけようと思う。二本松の提灯祭り











